腕まくり宜しくパソコンへ向かってみたものの・・・パソコンは私の気持ちを無視。素知らぬ顔で「勝手にやれば」・・・
「お願い、ご機嫌をなおして!」懇願しても無視。人間関係なら、嫌々ながらも「どうしたの!」と話を聞いてくれます。
パソコンには、私の気持ちなど通じません。・・・孤独! 仕方がない、甘えずにやってみるか。いつになったら仲よく心を通じあわせて楽しく会話が出来るのかしら!
神さまもビックリ
ある人が毎日、神様へ、祈ります。「どうぞ、息子の試験が受かりますように!」
毎日、毎日、可能な限り祈り続けました。お賽銭も奮発しました。しかし残念ながら、不合格でした。その後は、日参した神社へも行きません。後押ししてくれた人にまで、不満をぶつけて八つ当たりです。
「あなたのが、いい加減なことを言うから、口車に乗せられた」・・・なんて ビックリ。
不満は全部、他人のせい。不安になると度に、時も構わず長電話。閉口しながらも不安な気持ちを聞き続けた日々。今は顔を合わせても素知らぬふり。あの応援は何だったのかしら。
夢中で祈っていた「神様」にも、それ以来お参りしません。神様には文句を言えないから、お人よしの人へ不満をぶつけうっぷんを晴らしています。
お子さんは実力がなかったのか、努力が不足したのか、運が悪かったのか?
人間は不都合なことがあると不満を他人にぶつけて解消したがるようです。
その不満が登校拒否や、家庭内暴力、うつ病などのキッカケになることもあるようです。
人生の峠を越える精神力、体力がない人は、神様へ祈る資格もないのでは・・・と思います。
親心は「合格させてあげたい。あの子なら合格できる」・・・でも、試験は気持ちや願い通りに叶いません。今年も悲喜こもごものお受験シーズンが終わり、桜の花が不満を一掃するように元気を贈ってくれます。
| 庭園美術館の玄関前 |
人間には不可能なことが多々あります。不満を他人のせいにするような人は、神様もお願いを叶えてくれないのではないでしょうか。
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