2015年9月24日木曜日

(大岳山)へ御岳山の上の山へ登りました。




お天気は最高、秋晴れの空を眺め、ケーブルカーを降り、いよいよ出発です。連れて行っていただくのはやさしくてハンサムな米重さんです。14時、いよいよ出発です。2本の杖を頼りに前進。 御嶽神社の坂道を進み、「歩けそう。登れそう」! 少し安堵・・・神代けやきを眺めつつ前進。次は天狗の腰掛杉。説明も上の空!   登れるかしら・・・頭の中は足の衰えを想い、景色を眺める余裕なし。やっと湧き水の場へ到着、英気の水を飲み、心機一転!・・・今回も重い荷物は全部、米重さんにお願いして、申し訳なく思いつつ、目的地へ辿り着くために厚かましくお願いしました。
アクバ峠。急斜面、ごろごろの石道、こんな道もあった、あった!・・・


「元気に登れますように。」心の中は同じ言葉を繰り返しています。難所の岩を幾つか超えて、いよいよ鎖を頼りに足場を氣にしながら登ります。体が上がりません。お尻を押してもらい幾度も助けて頂き、念願の山小屋へ到着、9合目。着いた!やっと周囲を見渡し、深呼吸「今年も来られた!」感謝・感謝。米重さんのおかげ。ありがとう。神様のお導き。失礼ながら神さまが後でした。ここは、「道院」目指して来た目的地です。人々を迎えるために多忙な仕事を休み、みんなを笑顔で迎えてくれる「川合さん」今年もあえた!

   山に降り注ぐ元氣・「天の氣」を得るために登りました。「ここは天から太い管が降り、建物も人も包み込むドームとなり、「汚れた心を浄化してくれる、そんな氣がします。」だから苦労しても来たくなります。なぜかわかりませんが、本当に心身の細胞が元氣になります。脳の汚れまで、とれるそんな不思議を感じながら泊めて頂き、全身の氣を入れ替える場と思っています。そして「坐」瞑想をさせていただき、天から知恵を頂きました。不思議な・不思議な夜が進みます。都心の美しい夜景を見おろし、あの一角に住み、生かしていただいている「命」に感謝していました。




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2015年8月24日月曜日

残暑、お伺い申し上げます



 異常な暑さで、各地では日射病と水難事故が多発した夏でした。
暦の上ではもう、立秋が過ぎ「処暑」の響きが聞こえます。

暑さの後は、台風到来。1516号の影響なのか空は暗く、不気味です。
日本の上陸を避けることを願っています。

 世界でも不穏な爆発事故がありました。ショックを受けていたら、日本でも米軍基地の倉庫が爆発。続いて川崎でも倉庫が爆発したとか。どうして爆発が続くのでしょうか? 

 不思議な像
この「像」は、だいぶ昔に、ある店頭で見つけ、妙に氣になり、購入した品でした。・・・・「地中の神様」と思い求めましたが、眺めて見ると、緑色の森を象徴しているような冠をかぶり、顔は大地の土色で、美しい彩色を施しています。

何かの儀式で披露したものか?・・・おまじないなのかわかりませんが、不思議な表情に一目ぼれして求めました。   
しかし、何か、強烈な氣配を感じ、数日だけ眺めて、タオルで包み、しまい込んでいました。
 
しかしまた、氣になり、包みを開きました。
この像が大地の怒りを鎮めてくれるような氣がして。

この像が箱根の山の噴火や、桜島の噴火などの地中の怒りを鎮めてくれるとは思えませんが、不思議な「像」に平和を願い、世界の安泰を願ってみたくなりました。

この像は、アフリカあたりから渡来したような氣がします。幾代もの先祖から継承した祈りの像であるならば、・・・・・・・この像を求めてしまった私にも責任があります。

地中の中で大きな目を見開いて、不穏な地球を監視しているような・・・!

 「おひな様」でも 年に一度は箱から出してお祝いするのに。興味本位で買い求めた「像」は、何十年もタオルで包んだままでした。
 天と語ることもできず淋しかったのでは・・・なんて想いながら異国から到来した存在へ想いを馳せ、像の使命を考えながら、想いに耽っています。


「像」も「地球」も満足して平和を招いてくれることを祈りながら!






2015年7月28日火曜日

 個性は胎内で形成


 自分自身の肉体機能や性質は胎内で形成される!・・・俄かには信じられないと、思います。

 親から受け継いだ微妙な「愛と情の因子」を受けて胎児は成長しています。

 そして胎児は素晴らしい可能性と個性を秘めて誕生します。

占いで説く「六十干支」の自然と「氣」が絡み個性を形成する不思議を秘めています。

胎児は誕生後の自らの人生を想い描き、性質を形成して行きます。
生年月日には、妙に自分の特徴と合致していることに驚きませんか、
・・・・思わず頷いてしまうのは・・・なぜでしょうか。

自然界の不思議の一つに、出産は満潮に導かれ。人が死ぬ時は「引き潮」に導かれる・・・・嘘のようですが、本当です。

 自然は胎児が育つための胎内へも季節を作り成長をうながしています。


命の始まりは、親の「絆の証」から始まりますが、「命の芽」は親の想いに応え、その瞬間から「十月・十日」を母胎で過ごし、胎児として誕生するために心と個性を形成します。

生まれた年
1=確かめられず、見ることもできない微小な胎芽は、「命ある肉体」の完成をめざし、神に祈り、成長を誓います。(命の芽は、親の想いを継承し、地球人としての人生を望みます。)
 親や先祖の生き方、「生活意識」を継承し、自らの道 を選択します。
 
 
 生まれた月
2=「十月・十日」と言う月日を母胎で過ごしながら、自らの力で日々、肉体を形成し、人生の希望を描きながら成長に励みます。(病弱な体質は、親の事情あるいは、胎内の環境や遺伝子の影響を受けることがあります。
また胎内の環境になじめず苦労を背負う胎児もいます。)
長い月日を経過しつつ「自分の未来」を設計し、苦難に打ち勝つ精神性、あるいは豊かな知恵で未来を開拓する意志を築き、社会で活躍するための心得、意識等も親の身を通じて学び、築いて行きます。

 
生まれた日
3=誕生日は親の体調に合わせながら、同時に自らの肉体の完成に自信を得、誕生日を定めます。早合点して機能が完成しないうちに出発する慌て者。親から離れたくない甘えん坊は、長期滞在を望む胎児もいます。(親の素質。自らの意欲の覚悟を秘めて誕生日を定めます。)
自らの「個性の長所欠点」を確認し、満点な幸せは望まず、誕生後の努力を誓い、先祖の想いに応え、神から受けた人生の使命を「自分自身の思考」と定めて、この日の誓いを忘れぬ特別な日を「バースデイ」として記憶します。

生まれた時
4=生まれ時間は、天と胎児の誓約が成立しなければ誕生できません。
 天の秩序に従い、生涯の真の希望を誓い、胎内から地上へと「次元」を超えて誕生する覚悟を伝え許されます。しかし誕生後に欲望や災難事故に遭遇し、人生を委縮させ、「人生を退化」させることもあります。しかし、これも試練覚悟の約束の誕生です。

 生まれた時間を知らない人が大勢います。誕生するため総仕上げを天へ誓い、胎内を後にする大切な想いが秘められています。母子手帳を大切にしてください。そして自分が胎児の時期に励んだ記憶を思い出すこともお勧めします。日頃の夢や空の雲や風景から遠い過去がよみがえります。


生年月日は自然と同じ個性があり、風、空気。太陽、月。地中、地上。雨、海、昼夜・寒暖の性質と同じ氣力に支配され、性質を築いています。
自分と言う不思議な命を感じてください。





2015年7月9日木曜日

雲は心の迷いを知っている!


 私、鼻風邪,咳風邪に悩まされ、ブログの公開も遅れました。ゴメンナサイ!

 先日、友人から お電話を頂きました。
 ブログの「空の住人」の写真は、とても勇気を頂きました。もう、あのような雲のお話はないのでしょうか。


 友人は、家族のトラブルを抱え、精神的にとても落ち込んでいる様子でした。

「空の住人」を眺めていると、とても勇気を頂けます。まるで神様が降りてきて「頑張れ、がんばれ」と、応援されているような氣がして、とても勇気を頂きました。と感謝されました。

 そう言えば、私もあの「空の住人」とめぐり会った時も不思議な感覚がありました。
毎朝、早朝に写真をとることを誰かに促されているような氣がして、一週間ほど撮り続けました。
 まだポラロイドカメラがあり、写しては棚に立てかけ、今日は何を告げられたのかしら。と、雲の姿に想いを巡らしていました。

一週間目に撮った時も棚に並べてみましたが、何も感じません。
 しかし、部屋の掃除を終えて何気なくあの写真と目が合った時、「老人の姿に変わっていました」
あれから、「空の住人」は、度々、私に不思議な知恵を授けてくれるような気がします。

 友人も「空の住人」と感応したのでしょうか。

 今日の写真も、ちょっとミステリアスな写真です。秋田県にある田沢湖は、神秘の湖と言われています。私も大好きな湖です。平成4年1012日と書いてあります。気になって仕方がありません。「伝説の辰子姫」とは違うイメージが、来る日も来る日も頭から離れません。 何かに引きつけられるように、その年には、5度ほど田沢湖へ行きました。
 展望台からゆっくりと下りながら空を眺めていた時です。
す~と白い雲が現れました。私は観音さまを感じながらシャーッターを切りました。家に帰り、現像を楽しみに写真屋さんの仕上げを待ちました。
・・・可愛い女の子が小鳥のお供を従えて、にこやかに空を飛んでいるように見えました。

左側の白い大きな雲から離れて冒険しているのか・・・小鳥たちが慌てて制止しているように見えます。   
私の「田沢湖物語」となりました。お気に入りの不思議な写真はネガが紛失してしまいます。いくら探してもみあたりません。「空の住人の写真」もブログに挿入した後は、どこを探しても原版の写真は見あたりません。
不思議な出会いをする写真は、他に見せて話を終えると、隠れてしまうような気がします。

この写真も複製でこの一枚しか残っていません。しかし、今日は、友人の心の、モヤモヤ、悩みの解消をするために出て来たのでしょうか?
・・・・また、どこかへ隠れてしまいそうな氣がします。
友人は、きっと嫌な事件や悩み事が解消されることでしょう。
・・・心が晴れることを祈りつつ。


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2015年6月21日日曜日

鯉の昼寝


あり得ない夢の話をもう一つ
私は夢によって暗示を受けることが多々あります。
 夢の中で、景色のよい庭園を散策していました。大きな池があり、さまざまな石が池の中に点在し、大きな岩には、松や紅葉の古木が生え、池に趣を提供していました。
白い雲がゆっくりと流れ、初夏の風情を楽しみながら私は、池の周りを散策しています。
 池を形成している平たい岩が組み合わさり、その間を鯉が出入りしています。

立派な緋色の鯉が岩の間に入りました。するとその横へもう一匹の緋色の鯉が並びました。
何かに引き寄せられるように、もう一匹、また一匹と同じ緋色の鯉が並びました
不思議!  目は釘付けです。
すると緋色の鯉の後ろに「金色の鯉」が近寄りました。その金色の鯉に引寄せられるように左右に「金色の鯉」が並びます。まるで長い帯のように整然と並び、静かに留まっていました。
三列目にも同様に鯉が並びます。「ここが鯉のお休み場所かしら・・・・それとも寒くて動けないのかしら。」 私も鯉に魅了され、動けず凝視していました。

翌日、この鯉の夢を友人へ話してみると「金魚の昼寝と言う童謡があるから、鯉の昼寝もあるんじゃない?」と、一笑にふされました。百歩ゆずって昼寝の鯉としても、こんなに色分けして整列するのかしら・・・・。 不思議に思いつつ鯉の夢は忘れて時がすぎました。
この日は、京都・奈良への旅のために 琵琶湖の畔にあるホテルに宿泊していました。目的はその頃、東大寺の2月堂に祀られていた「月光菩薩・日光菩薩」を参拝するための旅の途中でした。


その夜、以前に見たあの池の鯉の姿を夢に見ていました。池に眠っていた金の鯉と緋鯉の姿も同じです。すると、静かに整列していた鯉の群れがゆっくりと動きはじめました。
それぞれに想い、想いの方向へ散っていきます「あっ、あの鯉!」  最初に見た鯉が最後まで留まっていました。感動し叫んだ「あの鯉」の声で目が覚めました。

同じ光景の夢を時が変わり、場所も変っているのに見ることがあるのかしら?
・・・・長い眠りから覚めたのは鯉だけではありませんでした。 私自身へ心の目覚めを促すために諭されたのではないかしら。と、感じるようになりました。
月光菩薩に出会うための旅の目的も「夢の中で授かった月光菩薩」の姿と実際の「月光菩薩」に会いたくて訪れた旅でした。   この夢を縁として、夢のイラストを描くことを決心しました。

「夢の鯉の導き」で「夢の中で頂いた「月光菩薩を胸に抱いた」感覚は生涯忘れない思い出です。
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2015年6月10日水曜日

蛾に襲われた不気味な夢


一匹の蛾が肩に止った。 慌てて手で払い落しましたが、今度は胸に移動し、追っても、追っても這い回り、腹部へ喰いつかれました。
新聞を丸めて打ち落そうとした瞬間、「蛾」は硬い甲羅で武装した虫
変身しました。  
夢中で虫を摘み、投げ捨てましたが、肩と胸は毒蛾のために腐りはじめ、身の内部からドス黒い血膿出始めます。
この汁の匂いに誘われたように、蛾の大群が押し寄せます。
・・・その瞬間、蛾の攻撃から身を救ったのは「もう一人の私」でした。「蛾」に襲われ、恐怖で立つくす「私」の腕を引張り、助けたのは「私」です。私が二人!

しかし掌には蝕まれた肉片が付着し、ヌルヌルしていました。
今度は無中で掌を洗い、離れない「蛾」を水で払い流しつつ、腐った患部にも水をかけ続けます。水の勢いで「蛾」の大半は死にましたが、最後の一匹はなかなか死なず、大きく成長します。
困惑している私。「もっときれいに患部を洗い流しなさい。」 厳しく叫んでいるのは別の私」です。・・・・寝言・・・叫び声で目覚めました。心臓がバクバクしています。
蛾はいませんやはり夢。身体も元のままで無傷でした。


あの夢が伝えようとしたのは「何かしら」?・・・エサの味を知った害虫は他人の痛み、迷惑などお構いなしで攻撃してきます。
たかが「小さな虫」と軽く考え、撃退の対策を間違えると、害(悪)を繁殖させ、自分自身の身を危うくします。人間関係も同じで、人を利用し、陥れようとする存在は沢山います。最初は美しい羽根を開き、魅力を強調し、心地よい会話で近寄り、あの手、この手で機会を伺います。「変! 危険! を感じる隙を与えせん。」 人を見抜く直観力を強化しなさい。
危険を察知する知恵と毅然とした態度を養うことを忘れないように!

世の中には「毒蛾」がウヨウヨいます。若者の犯罪が最近、多発していますが、他を痛める行為を平然と犯す存在。知らぬ間に引き込まれる善人、どちらも「過信・慢心」の心の隙を狙う「蛾」と同じです。
「私は大丈夫!」 いいえ、大丈夫と思うのは仮の自分です。賢い知恵と蛾を払い落す勇気。どちらも「同じ自分の行動」を諭されました。

ボンヤリしている自分自身を叱りました。
とても恐ろしい夢でしたが、夢でよかった!  と思いつつ、誰にでも起こり得る危険、恐ろしさを改めて感じました。


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2015年6月4日木曜日

夢の話


櫛昭子のサイトを開くと「金剛陀羅尼」との出会いが載っています。自然と運命学・占いに魅せられた理由の話の中に「金剛陀羅尼」との出会いがあります。
 私は「金剛陀羅尼」の意味も効力も知りませんでした。しかし不思議な夢に導かれ、夢の光景が忘れられず、目覚めた後に描いたモノです。もう数十年前になりますが、    夢の話を聞いてください。
 私は、大切な「籐籠」を抱え、誰かに届けるために急いでいます。途中で色々な指示があり、洞窟の池で沐浴をさせらたり、誰かに追われ、籠を奪われそうになりながら必死に走っていました。
見知らぬ武装集団に囲まれ、山の台地まで追い詰められました。大切な籠を奪われそうになり「この籠を奪うなら、私はこの山から飛び降りて死にます。欲しいなら、その後に奪いなさい!」  私は満身の力を込めて悪人を睨みつつ山腹から飛び降りようとした瞬間・・・主将らしき男性に「待ちなさい」と制止させられましたが、私は恐れず飛び込もうと身を乗り出した時。
無骨な集団と思っていた一向は、武装していた洋服をサッ、と脱ぎ捨てました。
その姿は美しい女性たちで、薄紫の薄絹をまとい、足首には鈴の輪をつけた姿で列整列します


 逞しい男性の主将が「あなたの信念を試しました。これからもこの想いを貫きなさい!」と言った瞬間、謡(うたい)のような節回しで「なまくしちりやじびきやなん、たたぎゃたなん、あんびらじ、びらじまきゃしゃぱしり、さらていされてい、たらいたらい、たらまちしったぎゃれいたらん、そわか」と謡います。大自然の山々へ、声は響き渡ります。薄絹をまとった女性たちは謡に合わせてしなやかに舞います。その度に足首の鈴が心地よい音色を響き我を忘れる心地でした。私は、ただ、ただ茫然と、美しい光景に魅せられ、金縛り状態で眺めていました。小雪がハラハラと降り始めます。
薄絹の女性たちが寒くて風邪をひくのではと、案じていました。  舞は終わりました。
 「それでは、私たちは雪が積もらないうちに山を下ります。さらばじゃ・信念を貫き通すのじゃぞ!」 言葉が終わるか終らないうちに滑るように、す~と去って行きました。
私は茫然と佇んでいます。・・・・・そして目覚めました。夢か現実か定かではありません。見たことのない風景に 暫し茫然。   作り話のような不思議な光景が忘れられず、拙い絵を描き留めました。

 後日、陀羅尼の一節「たらいたらい、さらていさらてい、」この記憶を頼りに、たま たまのご縁で伺った神楽坂の安養寺(ご聖天)のご住職様に「こんなお経がありますか?」とお尋ねし、金剛陀羅尼経を知りました。そして呪文は魔を払う力があることも知りました。


この不思議な夢を見てから、いつの間にか「自然に引率され、」天の采配の不思議を感じ、今日に至っています。

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